2010年02月08日

そしてモアイ

イースター島着陸まであとわずか!


おや?
窓から見るとタヒチとは違う色

緑ではなく茶色の島だ


ここがイースター島、現地の言葉でラパヌイ(広い大地の意)

来た、ついに来てしまったーーーっ


ダカドン♪
「世〜界中をぼ〜くらのぅ、なみ〜だで埋めつくしてぇ
やりきれないこんな思いが、今日のあ、め、を、降らせて〜も
あ〜たらしいこのぅ朝が、いつ〜ものよに始まる
そんな風にそんな風に、僕は、生きたいんだー、生きてーいきたいんだ〜ぁん」
〜水曜どうでしょうより




スペースシャトルの緊急着陸用空港でもあるマタベリ空港
ゲートを出ると、客待ちの宿の人たちが取り囲む
南米のいかがわしいワクワクな空気が広がる
ここはチリの領土である


来られなかった友人の情報メモとゲストハウスの名前を照らし合わせる

「お〜よく来たなーアミーゴー」

うさんくさいヒゲのおっちゃんについてゲストハウスへ

言葉の最後には必ず「アミーゴー」が語尾につく

「じゃあ行くぜ、アミーゴー」



部屋はいい感じだ

荷物を置き、まずは大きな通りに出てみる



タヒチ的な平和な気分でいるとき、それは起こった



すぐさま悪ガキ3人組に「家に来なよ〜」とあっさり車に押し込められた

拉致される時はこんな感じなのだろう

どこに行くのかさっぱりわからない

何分走っただろうか、時間の感覚がない

降ろされて、ガレージの中に入って行く

遠くから見つめる家族はあきらかに舌打ちしている

サングラスで強面兄ちゃんのラジカセからは、大音量のオールドディスコミュージック!

とりあえず、何か食えと食べ物が出てきた

訳わからず、とにかくお互いカタコトの英語で会話する

リーダー格のヒットくんが自分の父に似ているのが不思議だ


時間がたつと、だんだん空気が変わってくる

「日本人は何で戦争が好きなんだ?」
「おまえらはどうして人を殺しまくるんだ?」
「おまえは戦士なのか?」

ヒットくんは同じことを何度も言うようになった

こっちの言い分には耳を貸さない

英語も聞き取りづらくなってきた

目に狂気が浮かんできた


下っ端と思われる優しそうな少年が
「そろそろ危ないから、帰った方がいいよ、僕が何とかするから」
と、隙を見て逃がしてくれた


少年が連れて行ってくれた海岸で、しばし呆然

もちろん悪意の拉致ではなく、歓迎の拉致なのだが

ここは楽園気分じゃだめだったのだ





海を見ながら打ちひしがれていると

「日本人の方ですか?」

声をかけてくれたNさんは、仕事をしながら世界各地を飛び回るトラベラーで、しかも自分と同じ道産子なのであった

どこかでGETしたサンダルを片方無くしたとのことで、片足は裸足だ
ここでは何の問題もない

気があって行動を共にすることになった

運命の出会いだった





翌日
当初ここにいるはずだった友人からのお土産の洋服などを、現地のファミリーに渡す
子供たちの目は本当にキラキラしている
庭ではニワトリが右往左往している

だが
まったく言語がわからない
ラパヌイなまりのスペイン語
Nさんが通訳してくれた
「何で結婚してないんだ、子供をたくさん作れ!」って言ってますよ


すべては順調に進む
その必要性があるならば





大画面プラズマテレビでサッカーの試合を見ているゲストハウス経営者
トタン屋根で暮らす大家族
ここでも経済格差は大きい

しかし
ioranaと言えば、誰もが平等に、明るい声を返してくれる


iorana(イオラナ)

ラパヌイ語で、おはよう、こんにちは、こんばんわの意味

ラパヌイ美女も、周囲に星が飛び散る笑顔とともに、こちらのハートを直撃してくる

通りを歩いている時、ふと横を見ると、自宅の玄関先で作業しているお兄さんが中途半端ではなくグワッとこちらを向き、クワを天に向けた大魔神スタイルで堂々とした「イオラーナ」

みな明るい




宿泊しているゲストハウスの隣での結婚式パーティに呼ばれた
大勢の人たちが、無料で飲んで食べて踊って祝福する

演奏しているバンドがいい
ラテンとロックでゴーゴー♪

地元の若者の一人と意気投合した
いい青年だ
自分の部屋に戻って飲み直すことになった


セルベッサ(ビール)でマヌイーア(乾杯)

お互いカタコト英語で楽しいひととき


あれ、彼が妙に至近距離に来る


「いや自分は違うんで」

「そこをなんとか」


彼はゲイだった


説得すること30分

しぶしぶ納得してくれて、無事パーティ会場へ戻る



夜は終わらない

気がつくとトランス状態で、地元のおばちゃんと踊っている自分がいた


みな明るい





Nさんと観光ポイントを回る日々

道ばたのグアバなどを食べながらの長時間歩きとヒッチ

まずはラノ・カウ山の火口湖
イースター島は火山の噴火でできた火山島だ
直径約1.6kmのすり鉢状の湖は迫力のある絶景
できるかぎり下まで降りてみる


オロンゴ岬の断崖に立つ
近くの小島まで泳いで渡り、卵を抱えて潰さずに持ち帰った者が村を君臨する鳥人レースの舞台
その様子は映画「ラパヌイ」(1994年ケビン・コスナー製作)で観ることができます


アフ・バイフ
くちはてたモアイに心を引かれる
マナと呼ばれるパワーはモアイの目にあるとされる
瞳はオブシディアン(黒曜石)で、白目の部分はサンゴである
戦争時には、目を奪い壊すことで相手の戦闘意欲を抜く戦士たち
やはりどこの世界でも、目のパワーは重要なのだ


ラノララク
石像の切り出し場
切り出し途中のモアイがでかい
有料ガイドの説明に聞き耳をたてる(英語だけど)
とそこに見たことのある人が
あー、飛行機で隣の席だったあのクリスタル・ケイヴスのおっさんだ!
蛍光色の短パンが似合うナイスガイなのであった


などなど、いろいろ観光ポイントはあるのだが、その中でも特に興味があった丸い石テピトクラ(光のへそ、別名地球のへそ)に行くことができた

島に最初に渡って来た部族の王ホツマツアが、ここにマナのパワーを秘めた不思議な丸い石をおき、世界の中心と定めたと言われている

その目と鼻の先に住んでいる地元の方(Nさんの知り合い)に色々とごちそうになった
獲って来られた魚を焼いて手で食べて(これが熱い)、いただいた後の骨などは燃やして天に帰す

ここでもタヒチ同様、ダイソーの青いビー玉しかないので、お礼に渡す「たいしたものじゃないんですが。。。。」


すると、急に表情が変わって、超ダッシュでテントに戻り、神棚から石を持ち出してきた


「これは俺が彫ったものだ、お礼にお前にやる!」


「え、いいんですか?」




鳥人が彫られたこの火山岩(スコリア)は、今でも宝として我が家に鎮座しております


翌日
偶然に通りで出会った彼の大きな胸には、星のごとく青いダイソー玉が、自作の重厚な首飾りの中央に光り輝いていたのでした
ありがとう!
こちらこそ!





「タパティ・ラパヌイ」
ラパヌイ女王を決める一大フェス
最終日には2名の候補者からどちらか1人が選ばれるお祭り

イベントの様子の一部(動画)→http://www.youtube.com/watch?v=Yn2Fe5xsQeI


夜の会場内は楽しい混乱を極めている
誰も状況を把握してない感じ
これこれ〜!
すごい祭りだ〜エキサイティング!わっしょいわっしょい!

昨日見かけた地味な(というか独特なファッションで目立つ)おばさんが、今日はド派手な衣装でガンガン踊っている

これはたのしいぞーーーうぉーーー♪





日中のイベントのひとつ、サッカーの試合に出場する
外国人旅行者チーム「チーム・モスキート」が結成された

キーパーになった

相手の動きが速い

すべって転ぶ

くー頭うった〜

地元チームはさすがに強すぎる

イケメンぞろい(本当)のモスキートは大差で負けた

にこやかに握手する旅行者たち

みな明るい





知り合った日本人が泊っているゲストハウスに招かれた
ノートPCで、南極に行った時の映像を見せてくれたドイツ人
新宿にも来た事があるらしい
おのおの料理するディナーで盛り上がった
たのしい


翌朝

彼の部屋に空き巣が入り、靴以外のすべてが盗まれた

ここは治安は良いとされているが、近年様子が変わって来たと
ゲストハウスのオーナーも落胆している
警察はだいたい誰の仕業なのかは分かっていると言う

言葉が見つからず、自分の守り神であるクリスタルペンダントを差し上げた
「大丈夫、きっと、いいことがあるよ」





Nさんと行った山にもう一度ひとりで行ってみた
通りすがりの木の実を食べながら何時間も歩き進む
自分がたくましくなっている錯覚に落ち入る

突然の豪雨
風邪はひきたくないが、雨をよける場所はどこにもない

ふと目を凝らすと優しい老木が立っていた

まるでカプセルのごとく
人ひとりが精一杯の空間があった
虫たちと雨宿りした
ゴキブリやらなにやら多種多様な虫たちが、すぐ目の前で渋谷のスクランブル交差点状態になっている
不思議と全く気持ち悪くない

自然と一体となっている

僕らはみんな生きている、ただ形が違うだけなんだ

問題はない
問題を日々創り出しているのは自分だ



ピンと来た石を拾って持ち帰る
持って行って良いですか?は必需のことば
この小石が、あとあと伊豆大島とイースター島のゲートを開くことになる

役割とは「する」ものじゃない、「させられる」ものなのだと思った





まだ誰も来ていない待ち合わせのロビーで
机に張られているイースター島全図を見て、北海道を思い出す
またしても故郷にいる感じが否めない
遠いような近いようなこの感覚

少なくとも過去の経験が細胞に埋め込まれているのは間違いない


「たしかにここにいた」


様々な思いを胸に
いよいよ明日はタヒチへ戻る





香川県高松市に本社を置く株式会社タダノが、クレーンを持ち込んでモアイ像の修復を行った15体のモアイが並ぶアフ・トンガリキ(絵はがきでよく見る横並び一列の)

その高松出身で(後に行く事になる)すっかり仲の良くなった女の子の
「帰りたくないね〜、ずっと居たいね〜」この言葉が引き金を引いた



「飛行機が遅れて今日は来ないので、自由行動でいいですよ」

との空港係員の言葉を受け、行き残していた360度の眺めが見られる山に登った

よかったー





和やかなランチタイム

新鮮なサシミに、賞味期限が数年前には切れているワサビの瓶の大サービス

ベランダ席での食事は、やはり気持ちが良い

笑顔が並ぶランチ上空をランチリ航空機が飛んで行く


キーン



ん????

ん????

ん????

なんで??



空港に行く

すでにタヒチ行きは去ってしまった

来ないはずの飛行機が急遽来たらしい

次は未定だ



空港カウンターで交渉のすえ、宿泊費用はランチリ航空持ちで極上のホテル(敷地の真ん中にプールがあったりする)に宿泊することになった

昼食のお弁当まで作ってくれる、さすがだ

こういうセレブな所も知っておいて損はない

しかし次の便はいつ来るのか?

果たして日本に帰ることができるのか?




いま

人生初の南半球にいる

日本から遥か彼方に来ていることを実感する

日本では見ることのできない「南十字星」

その近くにはそれっぽい「ニセ十字」というのもある

何にでも本物と偽物がある二元性

夜の空気の香り

南の島の独特な香り

たったいま

これはわかったと思ったことが

香りとともに記憶された





海岸で、馬に乗った若者が近づいて来た
拉致3人組のひとりが、口にVサインをあててタバコをせびって来る

「何でお前は日本人なのにタバコを吸わないんだ!?」





空港内のお土産屋のブースをちら見
ここはチリ領なので、チリ産のラピスがけっこう置いてある


いよいよ本当に島を離れる時が来た

Nさんと、日本帰国の後発組が見送ってくれた

か、かえれた。。。。


帰りのラン・チリ航空機内は、来た時に比べてあまりにもしょぼい
オプショナルツアーでタヒチから来た新婚カップルにはポイント下げられるぞー大丈夫かー


タヒチのフィアア空港に降り、そのまま日本行きに搭乗、こんなのもアリなのね

結局タヒチは、ライアテア島以外はどこにも行けなかった


それでいい。







人は
安全な「国」を出る時には、緊張と期待を携えて

地元と思われる場所へは、弛緩と記憶を手みやげに戻る




帰国後の覚醒さかげんがすごい

いつもの自分の部屋が光に満ちあふれているのだから




現地で聞いて最高に良かった有名バンドの「トパタニ」のCDをかける

身体が勝手に動き出す




人は
自分とはかけ離れた違う場所に行くことで、普段の思考から解放される

いつも旅から学ぶものは、自分本来の姿


「鏡」


鏡のように磨きこまれた自分とともにある


それはあまりにも楽しすぎる体験


少なくとも
明るいイオラーナは、自分の明るさを写し出していた






そして、これが翌年のハワイ上陸につながるとは、この時には全く知る由もなかったのです。




            THE END
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2009年07月05日

カウヒ、フエに行く(前編)

タッチセラピーの研修とベトナムの大地に謝ってきましたスペシャル


2007年3月12日(月)いざ出発

JRから京成線乗り換えの日暮里駅がすごい混雑で皆いらいら
列の前では、おらおら〜と掴み合いのトラブル
家を早く出てきてよかった、ぎりぎりだと間に合わなかった

成田空港出発総勢8名、大御所はじめ鍼灸関係の方多し
持ち込もうとしていたバックパックが重量オーバーのため急遽預かりになった


ホーチミン到着前には、前世の悪行を謝罪すべく、ひたすらシンローイ(ベトナム語でごめんなさいの意)を唱えた
この地で相当悪さをしていたらしいのだ
時差は2時間で海外に来た感じがしないです

しかし、乗り換えのフエ行き国内線から様子が変わる
う〜ん乗客がみんな自分勝手だ!シートベルトはしたほうがいいぞ!
ここでも着陸間際にシンローイ

夜のフエ空港で、JASS代表小山道夫さんと、ベトナム事務所長で今回の通訳&コーディネーターのバオ・ミンさんにお迎えいただき、いちろ「フォーサイゴン」へ
まずは美味しいフォーと名物フダ・ビールに感動!
コップは皿に乗せるのがベトナム式
働いている女の子はなぜパジャマなのか
小学生くらいに見えるが、それなりの年齢らしい

滞在ホテルに到着してから、バックパックの中の携帯電話だけがないことが判明した
ホーチミンかフエの空港で抜き取られることはよくあるんだそうで。。。。
不思議と気持ちは落ちてない
明日は何が起こるのか
夜中の夢がすごい。



3月13日(火)2日目

拠点となる「子どもの家」にて日本からのおみやげをお渡しする
小山さんの講演がすばらしい!
自己イメージをリアルに具現化、肉体へグラウンディングし、人生を楽しんでいることに感銘を受ける

ドンバ市場にてドルをドンに両替(1ドル=1万5000ドンくらい)
物乞い(かなり少なくなったらしいが)と客引きの嵐
せっかくなので、ミンさんの家族の店にてアオザイをオーダーメイド、350000ドン(上下で2500円くらい、帽子つき、安い!)
現地用にサンダルもゲット、こちらは100000ドン(高い!時間なく交渉できず)

そして一番感じたことは、道路のバイクや自転車がものすごいのだー
以前は、バイクは買えば誰でも乗ってよかったらしい、もちろんノーヘル、4人乗り当たり前、信号も2箇所くらいしかない、逆走すらできそうだ、ていうかしてる

ランチは大衆食堂「コード」へ、量も多くて美味い、なんでもフエ王宮料理が一番高くてまずいんだと。。。。

12時から14時くらいまで暑いので(40度くらい)昼寝タイム、店も閉まってたりする

午後、タム医師に指導を受け「子どもの家」の子どもたちにタッチセラピーを実践していった

純粋な子どもたちが微笑ましい

最近心臓手術をした女の子と草投げ遊び?で異常に盛り上がる

この夜は、国民的司会者のコメディアン歌手タン・バックさん(日本でいうと森田一義さん)がここに訪れるイベントに参加
日本人チームも1曲歌って踊るはめに
「上を向いて歩こう」になった

全体的にすごいパワーとピュアなこの感じは以前どこかで感じたことが
そうだ、イクイノやビジョンの野外パーティの乗りではないか!
と思っていたらトントンと肩をたたかれ、老女の物乞いが。。。。
自分だけ妙に話しかけられるぞー

ホテルに戻り、時間がなくレストランディナーで焼飯、美味いし量は食べきれないが5ドル也、明日は安くすませよう。



3月14日(水)3日目

「子どもの家」のソンさんに引率され、子どもたちとタイ・ロック市場へ昼食の材料をワイワイ買いに行く♪
やはりその町を知るには、市場を見るのが早い
ドンバ市場よりも庶民的だが、食材売りのおばちゃん達のパワーがすごい(女性性とはこのことか!)まさに生きるべく、たくましく優しいが、けんかしている場面もあったりする
特に肉類の臓物コーナーがすさまじい、横でブタがブーブー言っている

昼食仕込みのお手伝いのあと、カウ(羽のついたベトナム玩具、輪になって蹴って下に落とさないようにする)でかなりの汗をかき、その後おのおのの部屋で子ども達と遊ぶ(男の子ははげしいぶつかりあいが好きな模様で、けっこうたいへん)

タイコがなって昼食、子どもたちが自分の皿にいろいろ入れてくれる、やさしいし、なんでも手際がよい、魚の骨などは皿に寄せたりせずに下に落とすのがベトナム式

午後「フールー小学校」でタッチセラピー施術
水上生活者の子が多いと聞いたが、純粋な笑顔のかわいい瞳の子どもたちにかなりグッとくる!
親御さんのお迎え時間となり、ひとり20人くらいの少なめ施術だったが勉強になりました
子どもたちが天使に見えた瞬間♪

ホテルに戻り、同室のYくんの具合が悪かったのでヒーリングしてみた
晩ごはんは大衆食堂にてコムディア(皿飯)、ここでも余分は下に落として犬が食べる
またしても大満腹で腹ごなしに散歩に出た

スーパー(個人商店と違い、商品の値段が表示されているので買うのがラク)にてビールをゲット、レジの子が超かわいい、たしかにフエ美人と言う言葉どおり、美人多し♪
夜の大通りの交差点は渡るのがこわいが、慣れると楽しい
教訓「道はゆっくり自分のペースで自信を持って、そして周りとの間合いを見るべし」
夜の遊園地を通り過ぎ、キラキラな川沿いを歩いていると、以前夢で見たような感覚にとらわれた
これは今までの旅の集大成かもしれん
明日はどうなるのか
そしてこの日の夜も強烈にへんな夢を見ることになりました。



3月15日(木)4日目

普通は入ることの出来ない「キムロン病院」へ
東洋学科で電気ハリ治療の終わった患者さん(右足ヘルニア男性)にタッチセラピー施術、とても嬉しそうに握手を求められる
日本人チームで前回も参加されているTさんの施術を見て、目からやさしい光が出ているのを実感
その後小児科病棟を訪れるも、この日は3名しかおらず、別棟の大人の患者さん達へ施術することになった
とてもハードな現場です
途中、臓器売買で腎臓が片方なく、右半身麻痺の身寄りのいない女性の部屋にて右頭が痛くなり、一回退出して自己ヒーリングしてから、別ベッドのぜんそくの高齢女性にタッチセラピー
廊下で、手と肩の障害のおっさんが来て「やってくれ〜」と言われたが、そこのドクターの指示により許可が下りず残念そう、おっさんごめんよ〜エネルギーは送っといたぜ〜
もっとたくさんの方々にやりたい所だったが、ここに入れるだけでもすごいことなのでよしとする
看護師さん達がとても明るく元気そうなのが印象に残る
タカアンドトシを彷彿させるかわいい熊マークのエプロン(子ども施術用にお借りした)が体にしっくりくるようになってきた

ランチは「ONG TAO」にて、昼から高級ビールの「Festival」に、牛肉の香草巻きが美味い!

午後は「フーハウ診療所」へ
スラムの人たちを担っている先生がとても感じよい
障害児とそのお母さんたちとのふれあいがGOOD
子どもたちに施術、お母さんたちにはタッチセラピーの方法を教える

その後とある店にて、店員の兄ちゃんに「前にどこかで会ったような気がする」と言われる、自分もそう思った

この日はホテル横のタイグェン(西原)レストランにてディナー、安くて美味〜いのだった。


つづく
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2009年06月22日

カウヒ、フエに行く(後編)

タッチセラピーの研修とベトナムの大地に謝ってきましたスペシャル



3月16日(金)5日目

今日は非武装地帯(DMZ)ツアーの日

いつもより、やや早くモーニング(朝6時から開いている)コンジー(粥)フォーなどしっかり食べつつも、車移動で行きがけに購入の焼きたてパンが美味い
非武装地帯なのだが、激戦の旨を聞く
その記念碑もたくさん建てられている
道端の人たちのこちらを見る目が、場所によって変わって行くのが面白い

まずは、クァンチー省Vinth Mocのトンネル(防空壕のすごいバージョン)を見学
中心施設正面のレリーフがかなりやばい
深く突き進んで行く途中、急に停電!薄暗い照明が全て消えて、まったくわけがわかりません!
そういう演出なのか?

停電はよくあるだけのことだった
当時のベトナム人の精神力の強さを実体験、ただ沖縄の洞窟のような気持ちが悪い感じはない
おーとりあえず外の光が見えてきた〜海だー
停電のため本来のコースを外れて近所の住居周辺を歩き戻る
例によって物乞いのおばあちゃんに付きまとわれる

ドンハ町にてランチ
鳥のから揚げが美味いのだが、なんか食べにくいと思ったら、トサカつきの頭がそのまま揚がっている
それにしても子どもの物乞いは苦手だ

教訓「優しく、でも確実にことわること」

次に向かうはラオス国境方面のターコン空港
途中の山の形や民家、人々がかなり独特で目に焼きつく
空港で説明を聞き、以前あった滑走路を見学
すると、あーありましたよ、手のひらみたいな葉っぱ!
日本での事前情報が具現化するの巻!
そのイメージを地面に描きエネルギー注入とシンローイ

どこからともなく「このまま進め」のメッセージをいただきました

そしてこの日は日本料理店「子どもの家」にてベトナム関係者をご招待しての食事会
完成したアオザイを着て感謝を表しつつ、久々の日本食を食べる、これがまた美味しい
ちなみにCMのおかげで日本語の「オイシー」は通じます(オイシカッタは通じない)
大好きなパクチーはタイ語なので通じなく、ザウゴーというらしい
生フダビール飲み放題!飲むことが貢献につながるとは、なんてラッキーなんでしょう!

しっかり飲んだあとに、町でシクロ(自転車タクシー、人力車の前に乗る版)乗りに話しかけられ、確実に金は支払わない前提でシクロの運転席と客席に乗せてもらう
このゆったり感はかなり気持ちよい、いい仕事してるなー
しまいにはタバコ吸え!と勧められ、久々のニコチンまで投入してしまった
この日はいつの間にか眠りの世界へ。。。。



3月17日(土)最終日

前日の生フダビ−ル飲みすぎで、朝食バイキングでは珍しくコンジーのみ

今日はレンタル自転車で王宮見学へ

自転車はかなり面白い!自由に道路を行く感じが楽しいが、周りのペースをつかんでいないといけない
しつこく鳴らす車のクラクションが日本と違い、バイクや自転車に「行きますよ〜」という愛が感じられる

いざ、グェン朝王宮へ!

グェン王朝(Nguyen)は、1802年から1945年まで続いたベトナム最後の王朝、フォーン河沿いに広がる美しい町並みが名残を留めている

入ってすぐ上の中心の階段の所がエネルギー流れててよし

降りて次の見学場所の、たぶん王が座ると思われる場所よし

おみやげコーナー(品揃えいまいち)を早々にクリアし、まっすぐ中心をぐんぐん進むと。。。。

ありました

線香の供えてある場所が

ここはかなりくる!

思わず偶然(!)持っていたハワイのシーソルト(赤い塩)を三つつまみ供える

そしてその裏の蓮の川の所にある小島前で急に!

「考え方と信じるだけで自分はすでに簡単にできる、この感覚を忘れない、これは忘れることはない」とメッセージいただきましたー

シンローイそしてカムオン(ベトナム語でありがとうの意)

ひとしきり感動しつつ出口に向かうと、慈善団体の教師に、フエについてのアンケート用紙を書いてほしいと頼まれ、日本語で書いたこの団体についての紙を見せられつつ、国名・名前を書く
そしてドネーションの金額欄へ
持っていた小銭を見せ、これでよいかと聞くとあきらかに嫌な顔、金がないというと突然表情を変え、すみやかに去って行ったのでした
あ〜これなのね〜豹変プレイ

時間なく全体は回れなかったけど、明治神宮の菖蒲園の池を思わせる場所もあったり、まだまだ見応えある場所たくさんあったようなので、また次回ゆっくり来たいです

そしてランチは「チャオ・バン・カン」へ
民家の中に、かなりマニアックなたたずまい
これだ!!!!
キャッサバと米粉を練って麺にしたフォーと牛骨や海老ダシのスープ
お好みで、塩・コショウ・味の素・超辛いトウガラシペーストにて食す
シンプル、しかもわんこそば状態で、とりあえず3杯注文が普通らしい

ちなみに、地球の歩き方などで紹介されているベトナムの一般的な食事作法として、汁は容器をすすったりせず、テーブルに置いてスプーンで飲むべしとされているようだが、上流階級の方々は、必ず器は手に持つよう厳しく教育されていたとのこと

そして、向かいで食事していた警官たちのテーブルの下には山盛りのビール缶が。。。。
ここでは一切販売していないので箱で持ち込んだらしい、怒涛のランチビール大会ですね

そうそう、おみやげ買わないとーで、道端でポストカードを物色、店のフエ美人のお姉さんに「good-bye」は日本で何て言うのかと聞かれ「sa-yo-na-ra」をひたすら練習させる


そして、いよいよフエを離れる日がやってきた
あ、ホテルの部屋のトイレが壊れてたので気持ち直しときました

フエからホーチミンへ

ホーチミンは都会だな〜中心部のドンコイ通りはニューヨークみたい

「Le Mekong」にて最後の晩餐、おしゃれだね〜フエとは違うずら



3月18日(日)成田到着、さ、さむい。。。。


エネルギーを送っていただいた皆様方、本当にありがとうございました

カムオ〜ン!!



完。
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